特別対談
畠山 大輝氏
スペシャルインタビュー
ジャパンハンドドリップチャンピオンシップ 2019 優勝
ジャパンブリューワーズカップ 2019 優勝
ワールドブリューワーズカップ 2021 世界第二位
聞き手:中塚 茂次
※畠山さんはその後、ワールドブリューワーズカップ2021で世界第二位を勝ち取りました。
人生を大きく変えた、
コーヒー店へのおつかい
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中塚
このたびは史上初の2冠達成、おめでとうございます。私が記憶する限りでは、今までなかったことですから、業界でもすごい話題になっています。
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畠山
実はそれ以外にも、JCTC(ジャパンカップテイスターズ チャンピオンシップ)という、テイスティングの部門にも出ていまして。本当は3冠を取りたかったのですが、届きませんでしたね。
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中塚
競技会についてお聞きしたいこともたくさんありますが、まず、畠山さんはどういうきっかけでコーヒーと出合われたのでしょうか?
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畠山
私も一度は会社員として働いていたんですが、色々考えるところがあって一旦、仕事を辞めて何もしない期間を作ったんです。当時はほとんど家にいたのですが、ある時、両親からお気に入りのコーヒー豆店へのおつかいを頼まれたのが、コーヒーと出会うキッカケでした。その後も何度か店に足を運んで、話を聞くうちに興味が湧いてきて。今までずっと飲んでいた市販のコーヒーと比べて、素人でもわかるくらい明らかに味わいや品質が違ったんですよね。元々、美味しい物は好きでしたが、「コーヒーには自分がまだ知らない世界があるんだ」というのを、そこで初めて知って。そのうち自分でも淹れるようになって、どんどんはまっていきました。そんな時、ちょうどその店の新規出店の話があって、「ちょっとやってみない?」と誘われて応募したのが、コーヒーの世界への入口になりました。
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中塚
私も学生の時は、コーヒーに対してそれほど興味を持っていた訳ではなくて、友達と喫茶店へいってもミックスジュースばかり頼んでいました(笑)。でも、十数年前からスペシャルティコーヒーというワンランク上のコーヒーが日本に浸透し始めて。その頃、すでにコーヒー業界に入っていたのですが、スペシャルティコーヒーを初めて飲んだ時、「世の中にはこんな美味しいコーヒーがあるんだ」と感動したのを覚えています。
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畠山
私も、初めは「コーヒーの世界をちょっと覗いてみたい」ぐらいの気持ちだったのですが、次第に「もっと美味しいものを」と求めるようになって。じゃあトップレベルのコーヒーも体験してみよう、と思って味わったらやっぱり衝撃的に美味しかった! 実はその頃、靴磨きにもはまっていたのですが(笑)、自分でいい靴を買おうとすると数十万円単位でお金がかかるけれど、コーヒーは一番上のグレードでも100g数万円で買える。トップグレードが比較的手に入りやすい価格帯ということもあり、「最高に美味しいコーヒーを自分でも作れないか?」と、ますますコーヒーにのめり込んでいきましたね。
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中塚
私は今の仕事に就いて以来、「どうすれば、素人でも家庭で美味しくコーヒーを淹れられる器具を作れるか?」ということをずっと考えてきました。その想いが実を結び、3年前に新たな自社ブランドとしてスタートさせたのがCAFECです。畠山さんは、自身のお店を持たれていませんが、何か理由があるんでしょうか?
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畠山
今は、オンラインショップで個人向けに豆の販売だけさせてもらい、法人や店舗には、依頼があれば卸もするという形で、店でお客様に対してコーヒーを淹れるということはしていません。元々、一つの事をひたすら繰り返すというのがあまり性に合わなくて。ずっと店に居続けるより、フリーランスの立場で豆を焙煎したりしているほうが、大好きなコーヒーに無理なく携わっていられると思ったんです。そうすれば、休みの日に違うお仕事もできますし。お店を持たないというのも一つの方法だと思ったんです。
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中塚
普段はどんな1日を過ごされているんですか?
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畠山
普段もずっとコーヒーのことを考えてますね(笑)。朝は起きると、まずコーヒーを淹れます。朝食はコーヒーだけ。自分で焼いたものもありますし、勉強のために他から購入したものもありますが、毎回違った豆を使用しています。朝は浅煎り、夕方は中深煎りと、シーンに合わせて1日中楽しんでいます。
お客の好みに応える
“オーダーメイド”のコーヒー
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中塚
話は戻りますが、最初はご両親のおつかいからコーヒーとの縁ができたということですが、はまっていったら今度は焙煎してみようとか、色々やってみたいことが増えていったのですか?
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畠山
まずは、「自分で美味しいコーヒーを飲みたい」と思っていたので、「そのためには何が必要なんだろう?」と考えて、焙煎も始めました。人にまかせていると、その方の好みや味作りというのは体験できるのですが、自分で本当に好きな味を作り出すには、やっぱり自分で焙煎するしかないのかなと思ったので、それを実現させようと思いました。今もそうですが、常に「コーヒーを美味しく淹れたい」とか「美味しく飲みたい」という思いが、ずーっと自分の中で大きな動機になっていて。もう、その一心でやり続けています。ある程度、自分で上手く焙煎できたり、淹れたりできるようになったなと実感できると、今度は、誰かに飲んでもらいたいなとなって、今に至る感じですね。
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中塚
自分で焙煎して、淹れて、飲んだコーヒーって、最高に美味しいですよね。コーヒーは嗜好品なので、絶対に正しい淹れ方というのがあるわけじゃない。色んな人の持論があっていいと思っていますが、畠山さんが目指す「美味しいコーヒー」はどのようなものでしょうか?
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畠山
私は、自分の店に「ビスポーク」という名前をつけました。ビスポークというのは、オーダーメイドを表す造語です。靴は木型を作るところからはじまり、お客様と話し合いを重ねながら、何段階もの工程を踏んで作っていきます。コーヒーでも、そんな店があってもいいなという思いから、私の店は始まっています。今までのコーヒー屋さんは、焙煎度合いやおすすめの銘柄を売りにしているところが多いですよね。でも、「その店の基準がベストなのか?」というと、そういうわけではなくて、やっぱり一番大切なのはお客様の好み。同じ豆でも浅い焙煎が好きな人もいれば、もっと深い焙煎が好きな人もいて、その好みにアジャストしてオーダーメイドできるコーヒー屋さんがあってもいいなと思っています。だから僕の場合、焙煎は豆のポテンシャルや個性をちゃんと引き出してあげる、ということに注力しています。それは言い変えれば、ネガティブな味を出さないこと。苦味や酸味にも良い・悪いがある中で、悪いものはなるべく出さない。その上で、お客様の好みに合わせて提供するというのが大事なポイントですね。
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中塚
コーヒー豆は、焙煎次第でいかようにも味が変わってきます。その豆一つ一つの特徴をいかに出すかは、豆の硬さや産地、もっと詳しく言うと日本では夏と冬でも変わってくるんですよね。その焙煎した豆の味を引き出す上で、最も大切なのが抽出。どの作業も大事ではあるけど、ここで失敗したら全部が台無しになります。私は、抽出まで考えて焙煎も行うべきだと思いますね。畠山さんはコーヒーの技術をどのように磨いてきたのでしょうか?
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畠山
コーヒーの抽出に関する理論などは、お店のワークショップやセミナーに行けば誰でも勉強できますが、私は自分でやっていきたいタイプだったので、ほぼ独学です。自分で淹れては、湯の温度を変えてみたり、湯量を変えてみたりというのを、ちょっとずつ試しながら、自分の理論を作り上げていきました。最初は技術の向上のためでしたが、そのうち自分の「美味しい」と世間一般の「美味しい」、業界的な「美味しい」が、ズレていてはよくないなと思ったんです。それを知るために、日本スペシャルティコーヒー協会のセミナーなどに参加して、世の中の「美味しい」の基準を探っていたら、競技会の存在を知りました。自分一人でやっていると、どんどんズレていってしまうところを、競技会では自分の淹れたコーヒーをジャッジの方に評価してもらって客観的に見られます。それを繰り返しながら、徐々に味作りの技術を磨いていきました。
3年越しでつかんだ
2冠への足跡
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中塚
その競技会で、畠山さんは今回、JHDCとJBrCの2部門で史上初の同時優勝を達成されました。普通ならどちらか1つに出るところ、その両方に出場して、しかもチャンピオンになるというのは、私たちからすれば考えられない快挙!JHDCはペーパードリップのみで、JBrCは手動の器具を競技者が自身で選択して抽出技術を競うコンテストです。2つの大会に出ようと思われたのは、それぞれの競っているものが違うから、ということですか?
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畠山
こういう言い方をするとアレなんですが、たくさん受けていればどこかには引っかかるかなと……(笑)。初めはそういう気持ちで、出られそうな大会からひたすら出ていたんですね。
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中塚
JCTCも優勝こそ逃しましたが、3位入賞ですよね。
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畠山
抽出するにもテイスティングのスキルは必要ですし、コーヒーという飲み物の範疇で全部つながっていると考えています。どれが優れているとか、どれが得意とか、それぞれあるとは思うのですが、私の場合は「一杯のコーヒーを自分で美味しくしたい」という動機でやっているので、全部できなきゃいけない。その意味では、それぞれのスキルを上げていきたいという気持ちから、全部の大会に出ていました。そうしたら、結果的に全部引っかかったということですね(笑)。
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中塚
日本一を競う大会で、たまたま引っかかったっていうことはないですよ(笑)。
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畠山
実は、2年前にも同じ3つの大会に出ているんです。その時はJHDCが8位、JBrCが3位、JCTCが2位という結果。どれも1位は取れなかったけれど、予選は通過できた。この結果を受けて、2018年はちょっと油断したところもあり、今回こそ1位を取れるかなと思っていったら、なんと全部落ちてしまった(笑)。それもあって、今年は明確に1位を取りにいこうと、しっかり準備をして大会に臨んだという経緯があります。
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中塚
大会では減点のポイントや制限時間といったルールがあるので、ルールに則って練習を積み重ねないと絶対に上には上がれません。適当に淹れて、大会で優勝できる、なんて人は絶対にいない。大会前にはどういったトレーニングを重ねられたのでしょうか?
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畠山
ルールや減点・加点のタイミングを頭に入れるだけでなく、「なぜそうなったか?」まで読み解けた人が優勝できると考えていたので、まずはそのルールを”深く”読むことが第一だと思っていました。その上で、やはり限られた条件の中で、いかに一番美味しいコーヒーを出せるかという部分を練習していきましたね。
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中塚
大会では、豆の特徴が出やすいシングルオリジンを使う人がほとんどですが、畠山さんはブレンドを使われていましたね?
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畠山
豆の精製方法には、「ナチュラル」「ウォッシュド」と、大きく分けて二つあります。ナチュラルは豆に特徴的な香りが付きますが、私はどちらかといえばウォッシュドの方が好み。だから、ウォッシュドを探していたのですが、ナチュラルのように発酵プロセスがないから特徴的な香りがなく、香りの複雑さ、強度では他のコーヒーに負けてしまうんです。ジャッジによっては、ウォッシュドだけだと味覚が「フラット」とマイナス評価されてしまうこともあります。何か方法がないかと探っていた時に、個性の違う2つの豆を混ぜてバランスを取り合うことで、ナチュラルに勝るウォッシュドのコーヒーを作ってみようと考えたんです。シングルオリジンは、いわば豆そのものの味ですが、ブレンドの味は私にしか作れないもの。世の中にない味を作れるという点も優位性があるんじゃないかと、ブレンドに決めました。今までの大会ではほとんどいなかったので、ちょっと怖かったですけどね。
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中塚
なるほど。今回のJHDCでは弊社の製品を使われていましたが、いかがでしたか?
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畠山
材質や形状がピタッとはまって、私が意図していた味を作りやすかったので、今回はCAFECさんの器具を使ってみようと思いました。器具を使っていただけの時と、こうして中塚さんにお会いした後では、器具に対する印象が変わりましたね。コーヒーへの熱意やこだわりがすごくあって、「やっぱりな」と感じましたね。
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中塚
「やっぱりな」とは?
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畠山
本当に考えて作られている器具って、実は世の中にあんまりない。でも、CAFECさんの器具は、リブの入り方や形状、ペーパーの質など、私がパッと使ってみただけでも、すごく使いやすかったんですね。初めは、「もしかしたらこだわって作られた物なのかもしれない」ぐらいの印象だったのですが、「なんでこんな使いやすいのかな?」と探っていくと、他の製品とは違うところが見えてきて。その細部へのこだわりが、お会いした時の印象と重なって、そういう意味で「やっぱりな」と納得したわけです。
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中塚
ありがとうございます。これまで様々な器具を使われてきたと思いますが、器具によってコーヒーの味も変わってくるのでしょうか?
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畠山
味に関しては淹れ方などによって変わるので、どちらかと言うと抽出のコントロールが非常にしやすかった、という点が大きいですね。
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中塚
「素人でも美味しくコーヒーを飲める器具」を求めて研究してきましたから、使い勝手の良さはどこにも負けないという自信を持っています。3年前の設立以来、弊社の器具もだんだんと浸透してきて、大会でも器具を提供してきましたが、初めてうちの器具とペーパーを使って優勝してくれたのが畠山さん。もう喜びも倍増です(笑)。めでたく二冠を獲得した時というのは、どんな心境だったんですか?
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畠山
これからはチャンピオンとして振舞わなければいけませんし、発言の影響力も今までよりも大きくなります。コーヒーの普及のことも考えていかなければいけないなと思っています。何より一番大きいのは世界大会への挑戦。国内で優勝した人しか出場できないので、日本代表として出ることへのプレッシャーもありますね。
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中塚
世界大会は基本、全部が英語ですからね。プレゼンテーションでも豆の良さや器具の良さや味、風味を全て英語で解説しなければいけない。英語の勉強ももちろんですが、他に準備を進めていらっしゃることなどはありますか?
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畠山
JBrCは、当日決められた豆を使う競技と、自分で持ち込んだ豆でプレゼンしながら評価してもらう競技の2種類あります。提供された豆をいかにおいしく淹れるかは練習あるのみですが、持ち込む豆をどうするかはこれから生産者とコンタクトを取って優勝の可能性があるものを選んでいきたいですね。.
コーヒーはもっと
自由に楽しんでいい!
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中塚
最後に、今後のCAFECについて期待していることなどあれば教えてください。
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畠山
やはり、今のスタンスのまま、こだわりのモノづくりを続けていってほしいですね。
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中塚
今、CAFECでは「その先にあるコーヒースマイルを」というテーマを掲げています。「その先に」と言うのは家庭のことで、コーヒーが楽しめるゆとりのある生活、笑いのある家族団欒のお手伝いをしたいと思っています。それは、コーヒーそのものじゃなくてもいいんです。例えば、温度計で湯温を測りながら淹れてみようとか、抽出の量も適当ではなくスケールで測ってみようとか、抽出するプロセスも楽しくできたらいいなと。焙煎も一緒で、一つ一つを知ると楽しいと思うんですよね。だから「その先にあるスマイル」を見られるような展開を、今後どうするか考えています。僕の店はどんなに忙しくても、コーヒーマシンは使わず、ハンドドリップで提供しています。やっぱり、最後のコーヒーが美味しければ、家でも飲もうかとなるでしょう?そういう地道な活動で、美味しいコーヒーが家庭に広がればいいなと思います。
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畠山
街なかでも、まだまだ美味しいコーヒーが飲める場所は少なくて、探し回る方も多いと思います。私はそういう人を「コーヒー難民」と呼んでいますが、「コーヒー難民」になることって結構あるんですよね。私の中のキーワードに「いつでもどこでも美味しいコーヒーが飲める」というのがあって、飲食店向けのオペレーションを考えていくことも、それを実現する方法の一つかなと思っています。さらに新しい発想として、飲むシーンを広げること。例えば「山のコーヒー」とか。登山者の多くがコーヒーを飲むと思いますが、その時飲んだコーヒーがめちゃくちゃおいしかったら、多分すごく素敵な体験になると思うんですよね。だから、屋内だけでなく、もっといろんなシーンでの楽しみ方も広げていきたいなと思っています。
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中塚
確かに、コーヒーを飲んだ時の体験がすごく素敵だったら、家に帰っても飲みたくなりますよね。チャンピオンになってから、セミナーなどで自ら発信する場も増えたのでは?
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畠山
ありがたいことに、バリスタのトレーニングや教育に関する仕事が増えたり、全くの異業種の方とお知り合いになれる可能性が増えてきているのは、チャンピオンになった効果だと思います。業界内での仕事はもちろんですが、他の分野や業種とつながることは、業界に対しても大きなプラスになる可能性があるので、自分の役割として意識していかなければと感じましたね。
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中塚
今後、力を入れて発信していきたいことはありますか?
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畠山
お客様やセミナーの参加者の中には、「コーヒーが好き!でもコーヒーがよくわからない」「教科書通りにやらなきゃならない」と思われている方が、結構多くいらっしゃるんです。でも、美味しいコーヒーを淹れるには、色んなやり方があっていいと思うんです。だから、「コーヒーはもっと自由に楽しんでいいんだよ」ということをもっと発信して、皆さんがコーヒーを楽しむ“はじめの一歩”を後押ししていければと思っています。